今回は中小企業の経営者こそ理解しておくべき「範囲の経済(範囲の経済性)」について解説をしていきます。
もしあなたが経営者で事業拡大を考えているのなら、「範囲の経済」という言葉は絶対に知っておくべきです。
範囲の経済を上手く活用することができれば、効率よく事業を拡大していくことができるようになります。
逆に、範囲の経済を無視して事業を拡げてしまうと、多くのコストがかかり、失敗する可能性が高くなってしまいます。
範囲の経済を意識して新規事業に手を出すのと、意識せずに新規事業に手を出すのとでは、結果が大きく変わってきてしまうのです。
そこで今回の記事では範囲の経済について、以下の内容でお話ししていきます。
- 範囲の経済の意味
- 範囲の経済と関連のある言葉
- 範囲の経済を活かした事例
今は事業拡大を考えていないとしても、今後事業拡大をしたり路線変更をしたりする可能性はあるはずなので、この機会に「範囲の経済」について理解しておきましょう。
範囲の経済の意味とは?
範囲の経済とは、「複数の事業を別々の企業が独立して経営するより、1つの企業がまとめて経営した方が効率が良い」という状態のことを表す言葉です。
事業の組み合わせによってシナジー効果が生まれる場合や、生産設備やノウハウを共有できるような場合が挙げられます。
たとえば夜は「居酒屋」を経営していて、昼には「ランチ」を提供しているようなお店は、範囲の経済を上手く活用していると言えますね。
経営する時間帯が違うだけであるため、厨房や客席といった設備については共有で使っていくことができます。
さらに食材の仕入れも夜の分と昼の分を同時に行うことで、より安く仕入れることができるはずです。
仮にこの2つの事業を別々のお店で行った場合、家賃が余計にかかったり、食材の仕入れが非効率になったりします。
つまり、店舗を分けることで効率が悪くなってしまうのです。
このように2つの事業を同じ1つの企業が行った方が効率が良いという状態を「範囲の経済」と言います。
考えてみてほしいのですが、ある会社が事業拡大で新規事業を始めるとき、この範囲の経済が働く場合と働かない場合では、どちらの方が上手くいくでしょうか?
答えはもちろん、範囲の経済が働く場合の方です。
範囲の経済によるシナジー効果があれば、よりコストを抑えられたり、より早く利益が出せるようになったりします。
だからこそ事業拡大を考えている社長は、この「範囲の経済」という言葉をしっかりと理解しておく必要があるのです。
範囲の経済を活かした企業の事例5選
ここからは実際に範囲の経済を活かした企業の成功事例を5つ紹介していきます。
- Amazon
- 富士フィルム
- セブン銀行
- カルピスバター
- シャープのマスク
事例によってさまざまな形で範囲の経済を活かしているので、ぜひ参考にしてみてください。
範囲の経済の事例1.
Amazon
今や知らない人はいないとさえ言えるほどの巨大ECサイト「Amazon」ですが、実はこのAmazonも範囲の経済を活かして事業規模をどんどんと拡大させてきた企業です。
(画像引用:Amazon)
もともとAmazonは、ネットを介して本を売っているありふれたECサイトでした。
ただAmazonは本だけに囚われることなく、今後の事業展開を見据え、多くのコストをかけて物流倉庫やシステムを構築してきたのです。
そして環境が構築できたところで、本以外にもさまざまな商品に手を出し、事業を拡大していきました。
このようにAmazonは、本を売るための設備投資をしつつ、同時に事業拡大の準備を行っていたのです。
Amazonにはもともと本を売るために使っていた仕組みやノウハウ、顧客名簿などがあったため、ほかの商品を売るときにもそれらを活用することで範囲の経済が働きます。
その結果、新規事業をどんどんと成功させ、Amazonは今日の巨大ECサイトへと成長していったのです。
範囲の経済の事例2.
富士フイルム
「富士フイルム」は範囲の経済を活かし、主力商品の衰退という危機的な状況を脱することに成功しました。
(画像引用:富士フイルム公式HP)
富士フイルムはもともとカラーフイルムを主力製品としており、「写ルンです」(使い捨てカメラ)という大ヒット商品を販売していた企業です。
しかしデジカメの登場によって業界が一気に冷え込み、企業存続の危機に陥ってしまいました。
そこで富士フイルムが行ったのが多角化経営です。
さまざまな新規事業に手を出し、衰退していくフイルム事業からの脱出を図ったわけですね。
そしてこの多角化経営において、富士フイルムは範囲の経済を活用しました。
富士フイルムは自社が持っていたフイルムに関するノウハウを活かせる事業に新規参入し、それぞれの事業がシナジー効果を生み出すような状況を作り上げたのです。
その結果、富士フイルムはデジタルカメラ、プリント関連だけでなく、医療品や化粧品などの業界にも参入し、成功を収めました。
富士フイルムは現在、「多角化経営を成功させたお手本のような企業である」とさえ言われています。
範囲の経済の事例3.
セブン銀行
大手コンビニエンスチェーンであるセブンイレブンに設置されている「セブン銀行」も、実は範囲の経済が働くことで成功しています。
店舗の一角に当たり前のように設置されてあるセブン銀行ですが、実はかなり大きな収益をあげていることをご存じでしょうか?
(画像引用:セブン銀行公式HP)
今でこそコンビニエンスストアで24時間お金を卸せることが当たり前になっていますが、セブン銀行が登場する前は、夜間や土日にお金を卸すことができないキャッシュカードも数多くありました。
「24時間お金を卸せるATMがあれば便利なのに……」という大きな需要が放置されている状況だったのです。
そこでセブン&アイ ホールディングスは、24時間営業であり、日本全国に店舗が存在しているという状況を活用して、金融業界に参入しました。
もともとあった24時間営業の店舗に、24時間取引できるATMを設置するだけで、かなり大きなシナジー効果を生み出すことに成功したのです。
このように普段使っている店舗やサービスの利便性が格段に増したな、と感じたときには、実は裏側で範囲の経済が働いているということも少なくありません。
範囲の経済の事例4.
カルピスバター
アサヒ飲料の子会社である「カルピス株式会社」が販売している「カルピスバター」という商品についても、実は範囲の経済が活かされています。
(画像引用:株式会社カルピス_カルピスバター)
カルピスを作るときの工程で牛乳から乳脂肪を分離するとき、脂肪分(クリーム)から製造されます。
その脂肪分を利用して作られたのがカルピスバターです。
脂肪分を無駄にしない、という意味でも範囲の経済であると言えますが、さらにカルピスというブランド力を利用することで、通常のバターの2倍ほどの値段がするにも関わらず多くのシェフに愛用されています。
もちろんなめらかで味が良いという理由もありますが、やはりもともと持っていた乳酸飲料の王様とも言うべきカルピスのブランドイメージによるところが大きかったと言えるでしょう。
このように、ブランドイメージが範囲の経済として効果的に働くケースもあります。
範囲の経済の事例5.
シャープのマスク
2020年のコロナ禍において、電機メーカーであるシャープがマスク製造を開始して大きな注目を集めました、実はあれにも範囲の経済が働いています。
(画像引用:シャープ公式HP)
電機メーカーとマスクと言われても、一見関連性がないように思われるかもしれません。
しかし実は、この2つには大きな共通点がありました。
それが、製造過程におけるクリーンルームの必要性です。
シャープはもともと半導体や精密機器を取り扱っていたため、埃が入らないクリーンルームを備えてしました。
そしてクリーンルームは、質の良いマスクを製造するためにも必要だったのです。
つまりシャープは、もともと持っていた工場設備を利用して、まったく別の業界であるマスクの製造、販売に数百億円規模で乗り出したわけですね。
このように、もともと持っていた設備やノウハウを活かすことでも、範囲の経済は生み出されます。
範囲の経済と関連性のある言葉
実は範囲の経済には、関連性がある言葉がいくつかあります。
- 範囲の不経済
- 規模の経済
- 経験効果
- 密度の経済
これらの意味についても知っておくと、より範囲の経済について理解が深まるはずです。
1つずつ詳細を説明していきますので、範囲の経済と併せて知っておきましょう。
範囲の不経済
「範囲の不経済」は「範囲の経済」の対義語になる言葉で、2つの事業を1社で経営した結果、事業同士が足を引っ張りあって効率が下がってしまう現象のことをいいます。
たとえば「Aという商品を月に100個生産していた会社」と「Bという商品を月に100個生産していた会社」が合併したケースで考えてみてください。
普通に考えればその会社は、Aを100個、Bを100個生産することができるはずです。
ところが合併した結果、Aを90個、Bを80個しか作れなくなってしまうことがあります。
これが「範囲の不経済」です。
なぜこのような現象が起こってしまうのかというと、以下のような原因が挙げられます。
- 合併が原因で重要な取引先が離れてしまった
- 合併が原因で優秀な人材が何人も辞めてしまった
- システム統合が上手くいかず混乱が生じてしまった
- 労力不足により生産効率が下がってしまった
- 従業員間の衝突が増えてしまった
こういった問題点を抱えている場合は、問題を解決するまではむしろ生産性が下がることになってしまうのです。
とくに中小企業の場合、「無理に新しい事業に手を出したせいで人手不足が起こって生産性を下げてしまう」というケースが非常に多いです。
新規事業を始める場合は、それが既存の事業の足を引っ張ってしまう可能性があるがどうかをしっかり考慮しておきましょう。
規模の経済
「規模の経済」とは、生産量や生産規模を高めることで生産効率が良くなる現象のことをいいます。
なぜこのような現象が起こるのかというと、生産量や生産規模を上げることでコストが下がるケースがあるからです。
たとえば飲食店を経営していた場合、100人分の食材を仕入れるよりも1000人分の食材をまとめて仕入れた方が、1食分にかかるコストは低くなります。
もしくは1日10個の製品を作れるキャパシティーを持った工場を運用していた場合、設備代や電気代の観点から、1日5個の製品を作るよりも1日10個の製品を作った方コストパフォーマンスは良くなるはずです。
このように、生産量を増やした方がコストパフォーマンスが良くなる現象を「規模の経済」といいます。
ただ中小企業の立場でいうと、実は「規模の経済が効いている事業」があまり向いているとは言えません。
なぜなら規模の経済が効く事業は、資金力や労力を多く持っている大企業にとって有利な事業になってしまうからです。
多くの資金や労力を投入すればするほどコストパフォーマンスが改善されるわけですから、中小企業より大企業の方が明らかに有利なわけですね。
規模の経済が働きやすい事業は既存の大企業が強く、さらに大量生産が前提となってしまうため、参入障壁が高いと言えます。
そのため新規事業に参入したいと考えている場合は、できるだけ規模の経済が働きにくい事業を選ぶ方が無難なのです。
(参考:参入障壁を具体例で正しく理解!障壁が高い業界・低い業界、作り方まで解説)
経験効果
「経験効果」とは、累計の生産量が増えるにつれて生産効率が向上するという現象のことです。
その名のとおり、経験を積むごとに商品1単位を製造するときのコストを抑えられるようになります。
経験効果が起こる要因は主に以下のとおりです。
- 従業員の練度が上がる
- 改善点を解決する
- 生産設備が充実する
- 仕入れルート開拓によってコストを削減する
- 製品が標準化される
このようにさまざまな要因で経験効果は起こります。
一見効率が悪そうな事業でも、改善点が多ければ、経験効果によって一気に効率化をはかることができるわけです。
「範囲の経済」や「規模の経済」について考えるときは、先を見据えて考えるべきだということですね。
密度の経済
「密度の経済」とは、複数店舗をバラバラの地域に出店するのではなく、あえて1つのエリアに集中させることで生じる経済効果のことです。
複数店舗を限られたエリアで複数出店することで、以下のような効果を得ることができます。
- 物流コストを低減することができる
- エリア内での知名度を上げることができる
この「密度の経済」を利用して成功した事例として、北海道のコンビニエンスストア、セイコーマートがあります。
セイコーマートは全国区ではあまり知名度がありませんが、北海道内でのコンビニ店舗数はなんとセブンイレブンやローソンといった大手コンビニエンスストアを押さえて第1位なのです。
セイコーマートはあえて北海道だけに絞って店舗展開を行うことで、そのエリア内でのシェアを獲得することに成功しているわけですね。
(画像引用:セイコーマート公式HP)
このように、あえてエリアを絞ることで得られるメリットのことを「密度の経済」といいます。
ちなみに密度の経済は、「ランチェスター弱者の戦略」においても非常に重要な考え方の1つです。
ランチェスター戦略は中小企業が大企業に勝つためには必須となる考え方なので、知らないという場合はそちらの記事についても併せて確認しておくことをおすすめします。
⇒中小企業のランチェスター戦略事例5選!弱者が勝てる経営戦略とは?
【まとめ】中小企業は範囲の経済、規模の経済、経験効果を意識するべき
今回は「範囲の経済」と、それに関連する言葉について解説をしてきました。
1つ言えるのは、中小企業だからこそ「範囲の経済」、「規模の経済」、「経験効果」をしっかり意識するべきだということです。
「範囲の経済」を意識すれば、限られた資産を有効に使って新規事業に参入することができます。
併せて「規模の経済」についても確認しておけば、大企業が有利な事業に参入してしまうことを防げるはずです。
あとは資金力、労力が限られているからこそ、「経験効果」もしっかりと念頭において考える必要があります。
つまり中小企業だからこそ、限られた資産をもっとも効果的に使える方法を考えなければいけないということですね。
あとはもちろん、出ていく資産を有効活用するだけでなく、入ってくる利益についても最大化を図るべきです。
この2つが揃ってこそ、中小企業が大企業相手に戦っていけます。
利益を最大化するためには、商品価格を適正にすることを考えましょう。
日本の中小企業は、無理な価格競争や自社の商品の過小評価によって、安すぎる価格設定をしてしまいがちです。
しかし価格設定が安すぎると、忙しいのに利益が出ず、だんだんと消耗してしまい、やがて倒産に至ってしまう可能性が高くなってしまいます。
資産の限られた中小企業だからこそ、できるだけ事業に効率を求める必要があります。
そのためにも範囲の経済については、ぜひ知っておいてください。