今回は中小企業の視点からみる「ランチェスター戦略」を解説していきます。
ランチェスター戦略はマーケティングにおいてかなり大切な考え方です。
とくに中小企業の立場から見た場合、ランチェスター戦略は大企業に対抗するためにも必須級の戦略であるとされています。
たとえば、飲食店を経営していたら近所に大企業のチェーン店ができてしまった、という場合でも、ランチェスター戦略を知っていれば十分に戦うことができるのです。
そのため中小企業としてビジネスをするなら、ランチェスター戦略はぜひとも押さえておきたい戦略だといえますね。
そこで今回はランチェスター戦略について、中小企業の経営者向けに以下のような内容でお話ししていきます。
- ランチェスター戦略の意味とは
- ランチェスター戦略の事例
- 中小企業がとるべき弱者の戦略の実践方法
- ランチェスター戦略について学べるおすすめ本
ランチェスター戦略を知っていれば、中小企業(弱者)でも勝てる経営戦略が立てられるようになります。
ぜひこの機会に理解し、実践してみてください。
ランチェスター戦略の意味とは
ランチェスター戦略を簡単にいうと、「強者が弱者を押さえて総合的なシェアを確保する戦略(強者の戦略)」と「弱者が強者から部分的なシェアを勝ち取るための戦略(弱者の戦略)」です。
なぜ2つの意味があるのかというと、ランチェスター戦略は参考にするものが強者か弱者かによってその意味合いが変わってくるからです。
ランチェスター戦略は、フレデリック・ウィリアム・ランチェスター氏が第一次世界大戦のときに軍事向けに提唱した「ランチェスターの法則」が基となっています。
ランチェスターの法則にはランチェスター第一法則、ランチェスター第二法則というものがあり、簡単に説明すると以下のような意味です。
- 原始的かつ局地的な戦いは兵力による影響が小さい(ランチェスター第一法則)
- 近代的かつ広域的な戦いになるほど兵力による影響が大きく働く(ランチェスター第二法則)
つまり、近代的な広域戦では小が大に勝つことは限りなく難しくなってしまう反面、原始的な局地戦であれば作戦の工夫次第で小が大に勝てる見込みがあるということです。
ベトナム戦争でベトナム兵がアメリカ兵に仕掛けたゲリラ戦法がまさにわかりやすい事例ですね。
そしてこの考え方をビジネスに転用したのがランチェスター戦略です。
ランチェスター戦略については、日本のコンサルタントである田岡信夫氏がビジネス用に体系化したと言われています。
田岡氏が体系化したランチェスター戦略には2種類の戦略がありました。
それが「強者の戦略」と「弱者の戦略」です。
ちなみにここでいう「強者」とは、No.1のシェアを誇っている企業のみのことを指しています。
ランチェスター戦略では、どれだけ大企業であろうとシェアが2番手以下なら「弱者」扱いなのです。
たとえば日本のハンバーガー業界でいえば、マクドナルドだけが「強者」であり、残りはモスであろうがロッテリアであろうが「弱者」であるということですね。
このことから私たち中小企業の場合、基本的にはすべて「弱者の戦略」を参考にしなければいけません。
では、強者の戦略と弱者の戦略とはどういったものなのか?
1つずつ解説をしていきましょう。
強者の戦略
強者の戦略は、簡単に言えばミート戦略です。
弱者を封じ込めて自社のシェアNo.1を死守するために、二番手以下の戦略を模倣したり、追随したりして、自社が持っている資源力で競合を叩き潰す、という戦略がメインとなっています。
要は、同じことをやれば持っている資源が大きい方が勝つという、まさに強者にのみ許された戦略なのです。
ランチェスター戦略における強者の戦略ではシェア1位を守り抜くために、以下の5つの基本的な考え方があります。
1.総合主義 | 企業の総合力で戦うという考え方です。
ヒト、モノ、カネ、情報において物量で競合他社を圧倒します。 |
2.広域戦 | 事業を広い範囲に展開していくという考え方です。
広い範囲になれば力が分散するため、大きな力を持った強者がより有利に立ち回れるようになります。 |
3.遠隔戦 | お客さんとの距離を置くことでより多くの商品を販売するという考え方です。
たとえばマスメディアを使って広く認知度を広げたり、卸や小売りを通す間接販売を行ったりします。 遠隔戦を仕掛けることによって、より多くのお客さんにリーチすることができるのです。 |
4.確率戦 | 競合が多い市場やターゲットをあえて狙い、数で弱者を押さえ込む戦略です。
多少の機会損失や重複を無視してでも物量を投入することで、弱者が入り込む隙をなくします。 |
5.誘導戦 | 誘導戦とは、弱者を自分の土俵に誘導するという考え方です。
類似商品を作ったり、値下げ合戦を仕掛けたり、メディア戦略で認知度を上げたりして、ゲリラ戦を仕掛ける弱者を真っ向勝負の場に引きずり出します。 |
この5つの考え方で2番手以下の追随を押さえ込み、シェアNo.1を守り抜くのがランチェスター強者の戦略なのです。
弱者の戦略
弱者の戦略は、簡単に言えばゲリラ戦略です。
総合力でいえば、弱者は強者に勝つことはできません。
だからこそ局地的な考え方をして差別化を行い、シェアの一部を切り取っていく必要があります。
ランチェスター戦略における弱者の戦略は、以下の5つの考え方が基本です。
1.一点集中主義 | 一点集中主義は、強者の総合主義に対抗する考え方です。
総合的には強者に勝てないため、業種やターゲット、商品開発について無駄に手を広げず、一点集中で力を注いでいきます。 |
2.局地戦 | 局地戦は、強者の広域戦に対抗する考え方です。
広い領域で事業を展開しようとすると資源が分散してしまうため、弱者は手を広げれば広げるほど不利になってしまいます。 そのため、勝てる市場や地域を探すか、もしくは作り出し、そこに注力するという戦略です。 |
3.接近戦 | 接近戦は、強者の遠隔戦に対抗する考え方です。
弱者の場合は顧客をただ増やすのではなく、顧客1人ひとりに近づき、時間や労力をかけることで重要顧客をがっちりと抱え込む必要があります。 |
4.一騎打ち | 一騎打ちは、強者の確率戦に対抗する考え方です。
競合が強い市場には手を出さず、競合が少ない、もしくはいない市場を狙って手を出します。 競合が多い市場で総力戦をするのではなく、競合が少ない市場で一騎打ちのように戦っていくイメージです。 |
5.陽動戦 | 陽動戦は、強者の誘導戦に対抗する考え方です。
強者が思いつかない、もしくはやらないようなアイディアで差別化を図ります。 |
これがランチェスター弱者の戦略における5つの基本戦略です。
強者と真っ向から戦うのではなく、強者が固執しない一部のニーズ、もしくは強者が想定もしてないニーズを狙って、そこで局地的なNo.1を目指すのが基本スタイルです。
ランチェスター戦略弱者の事例5選
ここからは、弱者の立場からランチェスター戦略の事例を5つ紹介していきます。
- お客さん1人ひとりと向き合った美容院
- SEO対策
- 女性客をターゲットにしたラーメン屋
- 特定分野を専門にする士業
- かつては零細企業だったエイチ・アイ・エス
ランチェスター弱者の戦略の事例を知っておけば、あなたの企業でも応用できるものが見つかるかもしれません。
ぜひ参考にして、あなたの企業の戦い方を考えてみてください。
ランチェスター弱者の戦略事例1.
お客さん1人ひとりと向き合った美容院
成人式の着付けやヘアメイクの顧客をどうしても大手に持っていかれてしまう、と悩んでいた美容院がありました。
その美容院は夫婦でこじんまりとやっているため、あまり多くのお客さんの対応をすることができません。
価格設定もどうしても大手より高くしないと利益が確保できない状況だったため、普通にやっていてはどうしても大手に勝てなかったのです。
そこでその美容院がやったのが、顧客1人ひとりに時間をかけ、しっかりと向き合うということでした。
成人式は一生に一度のことだから、技術や効率だけでなく、お客さんと腰を据えて話し合い、できるだけ望みを叶えてあげる、というスタンスをとったのです。
弱者の戦略でいうところの、お客さんとの距離を縮める「接近戦」ですね。
その結果、その美容院は「この辺りで成人式の着付けを頼むなら1番良い」と評判になり、集客をしなくても先着順にして断らなければいけないほどの申し込みを獲得しました。
大手よりも価格設定はかなり高かったのですが、それでも地域での満足度でNo.1を獲得したため、客足が途切れなくなったのです。
このように売上で劣る弱者でも、顧客としっかり向き合うことにより、満足度で大手に勝つことができます。
弱者だからこそ、効率ではない部分にも目を向けるべきであるということですね。
ランチェスター弱者の戦略事例2.
SEO対策
最近は下火になってきましたが、SEO対策でも多くの中小企業や個人事業主がランチェスター弱者の戦略を実践し、利益を上げていました。
利益が上がりやすくアクセスも多いキーワードは強者が押さえていたので、あえて狙いをズラし、競合が弱いキーワードからアクセスを稼いでいたのです。
これは競合が少ない市場を狙う「一騎打ち」と、強者が手を出さないようなキーワードを狙って差別化する「陽動戦」、そしてマーケットを絞り込んで注力する「一点集中主義」だと考えることができます。
一時期、個人事業主のアフィリエイトが流行ったのも、このような弱者の戦略がとりやすかったことが要因の一つとなっています。
今は強者のミート戦略や環境の変化によって昔に比べてかなりハードルが上がってしまいましたが、当時のように弱者の戦略がとりやすければとりやすいほど参入障壁は下がる傾向にあるということですね。
ランチェスター弱者の戦略事例3.
女性客をターゲットにしたラーメン屋
すぐ近くに県内で断トツ1番と言われる店があるラーメン屋が、女性客をターゲットにすることで一定のシェアを獲得することに成功しました。
具体的な戦略としては、普通のラーメンだけでなく、トマトやチーズをふんだんに使ったイタリアンに近い味付けのラーメンを売り出したのです。
県下No.1の店がやらないような飛び道具で差別化を図る「陽動戦」を仕掛けたわけですね。
その結果、ラーメン店全体のシェアでは県下No.1のお店に大きく適わなかったものの、一定の客層を獲得して利益を上げ続けることに成功しました。
立地的にすぐ潰れてしまうのではないかと言われていたラーメン屋が、強者との差別化を図ることで違うシェアを取り込み、見事に生き残ったのです。
ランチェスター弱者の戦略事例4.
特定分野を専門にする士業
大手法人の進出によって苦しんでいた個人事務所が、特定分野に特化することでシェア獲得に成功する事例は多くあります。
大手法人は広告費をバンバン使って認知度を高めてくるので、普通にしていれば個人事務所に勝ち目はありません。
しかし「〇〇専門」、「〇〇に強い」と謳うことで特定の人に自分のことだと思わせ、選んでもらうことができるようになるのです。
たとえば以下のような差別化をする士業が多いですね。
- 業種……「医療関係専門」、「飲食業界専門」など
- 業務……「交通事故に強い」、「税務に強い」、「個人事業主専門」など
- 地域……「〇〇市内専門」、「〇〇県内専門」など
このように「一点集中主義」、「局地戦」を意識することによって、大手法人に対抗している個人事務所はたくさんあります。
ランチェスター弱者の戦略事例5.
かつては零細企業だったエイチ・アイ・エス
今でこそ大手旅行会社として有名なエイチ・アイ・エスですが、創業当初はお客さんが週に数人しかこないような零細企業でした。
そんな零細企業だったエイチ・アイ・エスがとった戦略こそが、ランチェスター弱者の戦略だったのです。
当時のエイチ・アイ・エスがとったのは、主に以下の2つの戦略です。
- 1位になるまで目立たない
- エリアごとに各個撃破していく
エイチ・アイ・エスの創業者である澤田秀雄氏は、「1位になるまでは決して目立つな」ということを社員に徹底させました。
なぜそんな指示を出したのかというと、目立ってしまうことで強者のミート戦略の標的になるということを知っていたからです。
1位になるまでは強者から隠れる、という目的で、当時はメディアからの取材などもあえて断っていたそうです。
そのうえでエイチ・アイ・エスは、エリアごとに各個撃破する戦略をとっていました。
当時観光地としてはマイナーだったバリ島にヒト・モノ・カネを注力し、そこで国内シェア1位を獲得したら次にタイでNo.1になる、というふうに、マイナーなところから1つずつシェア1位を獲得していったのです。
零細企業がいきなりすべての旅行先のシェアを獲得することはできないからこそ、ターゲットを絞って1つずつに集中するという、まさに「一点集中主義」の戦略をとっていたわけですね。
このようにエイチ・アイ・エスはランチェスター弱者の戦略をしっかりと実践したからこそ、今のような大企業に成長することができたのです。
余談ですがエイチ・アイ・エスの創業者である澤田秀雄氏は、ハウステンボスの再建にも関わっており、ランチェスター弱者の戦略を実践することで黒字化を成し遂げています。
中小企業がとるべき弱者の戦略の実践方法
中小企業がランチェスター弱者の戦略を実践するには、以下の手順を踏む必要があります。
- 3C分析を行う
- 自社が勝てるニーズに特化する
- 自社のブランディングを行う
今まで説明してきたとおり弱者の戦略は局地戦が基本であり、これらはそのための手順です。
それでは1つずつ解説していきましょう。
弱者の戦略1.
3C分析を行う
弱者の戦略で局地戦を仕掛けるためには、まず自社を取り巻くマーケット環境の分析を行わなければいけません。
そのために適しているのが3C分析です。
3Cはそれぞれ以下のような意味で、これらを抜き出すことで市場、競合、そしてそれらに対する自社の立ち位置を明確にすることができるのです。
1.Customer(市場・顧客) | 市場規模、市場成長性、顧客ニーズ、顧客の環境、など |
2.Competitor(競合) | 競合各社のシェア率、競合のマーケティング戦略、競合のリソース、競合の特徴や強み、競合の業界ポジション、新規参入や代替え品の存在、など |
3.Company(自社) | 自社の企業理念やビジョン、自社のシェア率、自社の業界ポジション、自社のリソース、自社の特徴や強み、など |
まずはこの3C分析を行い、現状の把握を行いましょう。
弱者の戦略2.
自社が勝てるニーズに特化する
3C分析でマーケット環境を分析したら、そこから自社が勝てるニーズを探してください。
マーケット全体を見れば強者に勝つことはできなくても、ニーズの一部に全力を投じれば勝てる見込みはあるはずです。
たとえば地域を絞ってみたり、「チーズケーキ専門店」のように商品を絞ってみたり、「朝専用缶コーヒー」のように用途を絞ってみたり、「男のスイーツ」のようにターゲットを絞ってみたり、ニーズにはさまざまな絞り方があります。
ニーズを絞るときに「弱者の戦略」における5つの基本的な考え方を意識すると、よりやりやすくなるはずです。
そして狙うニーズを絞り込んだら、一点集中主義でそこに全力を注ぎます。
少ない資産や労力をその一点に注ぎ込むことで、その狭いニーズ内でのシェアNo.1を目指すのです。
このとき、No.2ではなくNo.1を目指すことが重要となります。
逆に言えば、No.1をとれるニーズを抜き出さなければいけないということですね。
弱者の戦略3.
自社のブランディングを行う
特定のニーズでNo.1を取れたら、自社のブランディングを行ってユーザーに「〇〇と言えば自社」という認識を植え付けましょう。
ブランドイメージを作って、そのニーズでのシェアNo.1をより確固たるものにするのが目的です。
実際、街を歩いていると「〇〇専門店」や「〇〇専用」といったブランディングをしているお店や商品は結構見かけます。
あとは「接近戦」の戦略でお客さんとの距離を縮め、重要な顧客に「〇〇と言えば自社」という意識を持ってもらい、リピートしてもらうというやり方もありますね。
ただ、ブランディングをするときに1つ注意しなければいけないことがあります。
「安い店」というブランディングをしてはいけないということです。
そもそも中小企業は資金や労力が限られているため、大量に販売するということに向いていません。
それなのに「安い」というブランディングをして薄利多売でお客さんを集めてしまうと、無理が生じて経営が破綻してしまうことにも繋がりかねないのです。
ブランディングをするなら「強み」や「価値」を前面に押し出し、そのうえで十分な報酬を貰うようにしましょう。
ランチェスター戦略について学べるおすすめ本
ランチェスター戦略について書籍で学びたいなら、以下の2冊がおすすめです。
- ランチェスター戦略 「弱者逆転」の法則
- ランチェスター戦略「一点突破」の法則
どちらも福永雅文氏の書籍ですが、わかりやすいと評判なのでぜひ読んでみてください。
福永雅文(著)
ランチェスター戦略の要点がわかりやすくまとめてあると評判の一冊です。
基礎から学びたいならまずこの本を読んでおけば間違いありません。
福永雅文(著)
弱者と強者の戦い方や戦略の違いをわかりやすく比較し、説明しています。
内容が濃く、実践にも使える良書です。
【まとめ】ランチェスター戦略は弱者こそ理解、実践するべき
今回は中小企業(弱者)の視点からランチェスター戦略を解説してきました。
ランチェスター戦略では、強者と弱者でとるべき戦略が180度変わってきます。
強者は市場全体を掌握するミート戦略を、弱者は狭いニーズを取りに行くゲリラ戦略を行うべきであるということでしたね。
とくに弱者の立場では、このランチェスター戦略をよく理解しておく必要があります。
ランチェスター戦略を知らずに真っ向から強者に立ち向かってしまえば無理が生じ、経営が破綻してしまうでしょう。
ただ無理やり狭いニーズのシェアを取ろうとして安易に値下げを行ってしまうのは悪手なので注意してください。
それをすると「安かろう悪かろう」という意識をお客さんに植え付けてしまい、利益が出ないうえにお客さんが残ってくれなくなってしまいます。
利益率だけでなく、ブランディングにおいても値下げが悪影響を及ぼしてしまうのです。
中小企業が生き残るためには、ランチェスター戦略における弱者の戦略が必要不可欠です。
この機会にしっかりと理解しておき、自社の立ち位置や方針を明確にしておいてください。