成功事例インタビュー
成功事例インタビュー
見習いからスタートした美容師が
2店舗、年商1億円で
安定経営できるように
さらに、コンサルタントになって
触れたのは上級世界のおもしろい使い方
見習いからスタートした美容師が
2店舗、年商1億円で
安定経営できるように
さらに、コンサルタントになって
触れたのは上級世界のおもしろい使い方
美容院経営 佐藤さま
ヘアメイクアーティストとして、毎年海外での研修に参加。
美容競技大会やコンテストでは、国内にとどまらず海外でも多数の受賞経験を持つ。

実際に自身でも2件の店舗を経営。その経験から美容業界の枠を飛び出し、飲食店・スーパー・理美容・ブティック等、「人と人が関わる業種」での経営・販促セミナーを開催している。
また、ビジネススクール「繁盛促進研究所 楽笑塾」の代表として、集客方法、広告の作り方、社員やスタッフの育て方等の成功法を指導し、「楽に・楽しく・笑える」店舗経営者を育成している。
治療院経営 西崎さま
ヘアメイクアーティストとして、毎年海外での研修に参加。美容競技大会やコンテストでは、国内にとどまらず海外でも多数の受賞経験を持つ。

実際に自身でも2件の店舗を経営。その経験から美容業界の枠を飛び出し、飲食店・スーパー・理美容・ブティック等、「人と人が関わる業種」での経営・販促セミナーを開催している。
また、ビジネススクール「繁盛促進研究所 楽笑塾」の代表として、集客方法、広告の作り方、社員やスタッフの育て方等の成功法を指導し「楽に・楽しく・笑える」店舗経営者を育成している。
ー どのようなビジネスをされていますか?
佐藤:美容室を2軒経営しています。18年前に現役を引退してスタッフに任せて、7年前から美容室経営者向けのコンサルタントをしています。25歳で独立したので、お店を出したのは32年前です。

デザイン系を夢見ていたのに、
7割は白髪染めのおばちゃんがくる美容室だった

デザイン系を夢見ていたのに
7割は白髪染めのおばちゃんがくる
美容室だった

ー 25歳で独立できるのですか?
佐藤:当時、勤めていた美容室がとても厳しかったので、完全ブラックもいいところです。定休日が週一日しかないのに、その定休日を使って技術的な講習会へ行ってこいと言われていました。ほぼ休みがなくて、毎日、仕事が終わっても終電まで帰るなというお店でした。終電まで勉強しろというのです。ロット巻いたり、カットやセットをしたりしていました。もちろん僕も、毎日まじめに勉強していたわけではないですが、終電までに帰ると怒られていました。

ー よく続きましたね。なぜ、そこに就職しようと思ったのですか?
佐藤:高校卒業するときに進路に困りました。勉強をしていないから、大学に行くということもないし、直感的にデザイン系が良いと思ってリクルートを見ていました。当時は美容学校なら1年で美容師の免許を取れることが分かりました。

18歳の子どもだから、「1年でチョキチョキできるんだ。簡単じゃん。」と思いましたが、親の家系に学校の先生が結構いたので、親が大反対しました。僕は知らなかったですが、美容師になる、イコール自分で店を経営するという道しかないと言われました。ただ美容師になりたいと思っていただけでしたが、反対されて学費を出してくれません。

それで一年間、ファミレスみたいなところでバイトして、自分で行ってやると思っていましたが、お金は全部つかってしまうのです。結局、学費のお金もありませんでした。僕は静岡の田舎に住んでいましたが、友達の友達の友達みたいにつてを使って「横浜に美容師がいるから聞いてあげようか?」という話になって、聞いてもらいました。すると、すぐに会いに来いということになって、美容学校に行かなくてもいきなり入りました。

ー そんなの許されるのですか?!
佐藤:許されます。今でもあります。美容学校を出ていないので、完全に見習いです。美容室に入って半年くらいしてから、社長から「続きそうか?」ときかれて、「やります。」と言ったら、美容学校の通信科に入れてもらえました。そして教育を受けながら美容室で仕事をしていました。

ー 美容師の通信教育があるのですか?
佐藤:通信科というのがあるのです。今は3年かかりますが、当時は通信科だと2年です。今となって思えば、美容学校へ行くとなれば、空白の一年ができるので、現場で働きながらの方が仕事を覚えるペースは速くて、結果、通信科の方が良かったです。ただ、スタートが一年遅れて19歳から美容室に入社となりました。

ー その社長について行こうという想いは何ですか?
佐藤:最初は、田舎者が横浜に出て行っただけでも高揚して、スゴイ気持ちでした。大都会へ出てきて、街すべてがキラキラしているという感じで、美容師ってかっこいいよねって思っていました。半年くらいは、ヤル気満々でした。

ー 半年後からはどういう感じでしたか?
佐藤:半年くらいから慣れてきます。お客さんも一通りめぐってきて、顔も覚えてきました。その頃、美容室はおしゃれなお客さんが来て、今でいう10代20代の流行りの頭しかしないという人たちがいっぱい来ると思っていました。ところが実際は7割くらいが白髪染めで、おばちゃん・おばあちゃんが圧倒的に多いのです。高校生はお金がなくて来れないし、働いている方は、金髪にしたくても職場が許さない。流行っている頭は、一般的な職業についている人には向かない頭が多いですよね。前髪がいきなり短いとか、前髪がすごい長いとか、色々あっても一般職の人には厳しいのです。

だから、全然おしゃれな世界じゃないと思いました。白髪染めするために美容師になりたかった訳じゃない、もっと華やかな、パリコレのモデルの頭をやりたい、雑誌の表紙のモデルのヘアメイクをしたい、そういうあこがれがありました。ここにいて良いのかなと疑問が湧いてきた時でもありました。

ー 半年くらいの時に起業という道も選択肢にはありましたか?
佐藤:無いです。まだ、技術ができないので、カットもできなくて、とにかく早くできるようになろうと思っていました。

あんなに反対していた両親が認めててくれて、独立へ

あんなに反対していた

両親が認めててくれて、独立へ

ー 独立しようと思ったきっかけは?
佐藤:ちょうど、その頃バブルがやってきました。横浜は街だから、家賃もどんどん上がっていました。その時に、独立は考えていませんでしたが、社長に色々話をしていました。車が好きなので「フェラーリが好きなのですが、買えますか?マンションくらいで良いのですが、買えますか?」と聞きましたが、時代はバブルですし「無理でしょう、美容師で従業員やっていたら無理だよ。」と、軽く言われました。

これは、実家へ帰ってお金を貯めた方が良いのか、どうしようかと考えました。それで一旦、退職することにして、家賃のかからない実家へ甘えさせてもらいました。地元では、仕事がないので探していました。そしたら、自分が一号店をオープンしたところに、テナントの空きがありました。駅前でしたが、家賃をきいたらとても安かったのです。でも、横浜の家賃相場と田舎の家賃相場は違うので、本当は安くはなかったのですが、半額ぐらいだと思いました。これは安いと思って、何となく両親に話をしたら、反対していたのに「やってみるか?」ということになりました。

ー あんなに反対していたのに、何の心境の変化だと思われますか?
佐藤:約7年間、家に帰らず美容の免許もとりました。当時、店長もやっていました。後から聞いた話ですが、まさかできると思わなかったみたいで、父が認めてくれていたようです。あれよあれよという間に、お店をやるようになりました。

年商一億円から半分にダウン
販促のために美容師を引退

年商一億円から半分にダウン
販促のために美容師を引退

ー 北岡と出会う前はどんな状況でしたか?
佐藤:お店を始めて、売り上げの上下を繰り返しながら、何とか2店舗目まで作れていました。世代的に、イケイケ、根性、頑張れの世代なので、そういうことを言うと、スタッフは辞めていってしまいます。でも2店舗目をだして、何とか軌道に乗って、大きいヘアショーのイベントをやって成功しました。その後、幹部、店長が6人くらいバタバタと辞めることになりました。

ー イベントが成功したのに辞めたのですか?
佐藤:イベントのためにかなり無理をさせたのです。要するに、仕事が終わった後もポスターを作ってあるから貼ってこいとか、その頃は、すごく嫌な人間でした。言い方も「貼ってこい。」とか「パンフを撒きに行ってこい。」「ヘアショーやるから、商店街に置いて来い。」とか、まあトップダウンで凄かったです。それについてこれなかったみたいで、イベントが終わったら、一人辞めます、一人辞めます、僕も辞めますって辞めていきました。売上が当時1億円くらいありましたが、半年で半分くらいにダウンして、銀行からも借り入れを沢山しました。でも、にっちもさっちもいかない状態になりました。

毎月赤字補填のために借り入れていたので、前向きな借り入れではありませんでした。計算したら、約一年と一カ月で倒産という状況になっていました。人間だから機械に例えるのも何ですが、美容師は製造機、経営者は受注をとってくる役割です。でも、人が辞めて製造機の数が足りないので、集客してもやりきれないのです。もう、売り上げを戻すということが不可能だと思っていました。その頃、あることをきっかけに販促を真剣にやらないとダメだということに気がつきました。それまでは現場で一生懸命、働いていましたが、売り上げは頭打ちがある。だから、その時に引退することに決めました。それが18年前です。



倒産回避、コンサルタントへの道

倒産回避、コンサルタントへの道

ー 美容師の数が少ない中、自分も引退とよく決断されましたね。
佐藤:1年と1カ月後には倒産が確定だったので、だったら、延命するよりもやれることをやった方が良いと思いました。現場にいてもしょうがないので、売り上げを回復するために何かできることを考えました。その後、1年と数カ月で売上が底を打って戻ってきました。売上が上がると人も雇えるようになるので、なんだかんだやっている間に、お店は元の状態に戻せました。その時は現役を引退しているから、何かすることはないかな?と思っていました。たまたまネットで検索していたら、ジョイマンさんが出てきて、コンサルタント養成講座をやりますと書いてあって、いきなり申し込んでコンサルタントの道に入りました。

ー ネットで何を検索されていたのですか?
佐藤:コンサルタントという言葉もよく分かっていないので、「美容室」「販促」「経営」というような言葉で検索していました。その当時、ジョイマンさんが勉強しているところがダイレクト出版で、北岡さんを師匠にしているというような話でした。すごく興味はありました。約1年間ジョイさんの所でコンサルタントについて色々学んだあとに、勉強もひと段落したので、ダイレクト出版へいって、そこでもやっぱり、「北岡」「北岡」と出てきて、北岡さんのメルマガを読み始めたら、一番グサグサ入ってきました。経営者やコンサルタント向けなので、まさにその通りと思いました。まあ、冷たい人だなと思いましたけど(笑) 本当にサクサク入ってきました。そして、コンサル大学など登録して、勉強し始めて現在に至ります。

「そうだ、何にも売っていない!!」
そう気付いて0円から340万円へ

「そうだ、何にも売っていない!!」
そう気付いて0円から340万円へ

ー 北岡と出会う前は、コンサルタントになった後ですか?
佐藤:そうですね。もう動き始めていました。ホームページを作って、書いたことのないメルマガを、一日5時間くらいかけて、ひとつずつ書いていましたが、丸々一年売上ゼロでした。後で色々分かってくるのですが、何も売ってないのです。売るものは動画を撮って10000円で販売しますと言ってやっていましたが、実際何ができるのかピンときていませんでした。ただ、メルマガは書いていないとダメと言われましたので、日曜日を除く週に6日間、苦しい1年間を送りました。

ー 売り上げがなくて、よく一年間、耐えられましたね。
佐藤:極端な言い方をすれば、何もしていなくても飯は食えているわけです。現役を引退していましたが、怖いから、それまでは毎日店には行っていました。何もしないので裏に籠っているだけでした。でも、コンサルタントの仕事を始めてから自分の部屋でメルマガを書いて、店には「どう?」と電話をするくらいになりました。今思えば良い一年だったと思います。

現役引退したとはいえ、毎日行っているとスタッフと会って、あれこれ言いたくなるのです。何もしないのに、後ろからアレコレ指示だけ出すので、うるさいジジイで煙たがられます。まだ現役の方が良い。でも、いなくなったことによって、スタッフがしっかりしてきました。美容室経営にとっては良いことでした。メルマガを書く時間もふんだんにありますし、何もしてないからと言って部屋でごろごろしているのは何もしていない怠け者みたいで、性格的にプレッシャーです。メルマガが仕事だから、これだけはやろうという想いでやっていました。

ー 北岡と出会った当時の年商や利益は?
佐藤:コンサルタントとしてはゼロです。教材やセミナーなど講習を受けるので、お金が出ていくだけでした。それで、ダイレクト出版や、北岡さんに学ぼうと思いました。ダイレクトさんは「売れ」というスタンスで、北岡は「売れ」なんだけれど、ちゃんと戦略を練って、ステップを作って組んで売るというように僕には受け止められました。そこで思いました。「そうだ、売ってない!なんにも売ってない。」そこから、自分の商品やコンテンツを作って売り始めたら、ポツリポツリ売り上げが出始めました。

でも2年目の売上は、340万円くらいだったと思います。それでもすごく興奮しました。めちゃくちゃすごいと思いました。2年目3年目と大したことはなかったのですが、北岡さんのセミナーを色々受けていくうちに「そうだ、コレ売れるじゃん!」とか「こんな考え方があったのか。」とか、入ってくるようになって、どんどん、コンテンツを増やしていきました。すると、ポンポン売れるようになって、4年目辺りにやっと1000万円を超えました。そして、1000万円でこれ以上伸びない頭打ちがきましたが、そこから、また、おかげさまで階段をポンポンと上がるように、伸びました。

ー 最初に作ったコンテンツは何ですか?
佐藤:「儲かる仕組みの作り方」です。自分のお店は儲かっていたので、美容室経営者向けです。普通に考えると儲かる仕組みは、まともに書いていたら50個も100個も出てきます。だけど、それじゃだめだということをその時は学んで知ったので、5つにするか3つにするか簡単にまとめることにしました。じゃあ、3つにしようと思って、「儲かる仕組みの3つの作り方」というのを作って売り始めたら、買ってくれる人が出始めました。

頭打ちの突破は、バックエンドで

頭打ちの突破は、バックエンドで

ー 1000万円の頭打ちがきたときは、どうやって突破しましたか?
佐藤:メルマガ登録してもらってから「儲かる仕組みの3つの作り方」は初めての売りものなので、これに更に、バックエンド、バックエンド、バックエンドとくっつけていかなかったら、これで折り合いが止まるでしょうということを聞きました。「そうだ、そうだ。」と思いました。こういう人にはこっちだし、こういう人にはこっちだよ、と流れを細かく教えてくれました。フロントエンドを買ってくれた人に、終わる間際に「もう少し継続で3つやりませんか?4つやりませんか?」と、後ろをくっつけたら乗ってくる人が増えてきました。もちろん、一つ目で売上が上がったからだと思いますが、その後、売り上げが、きゅっきゅっと伸びてきました。

ー 全部、仕組化していったら売上もついてきた感じですか?
佐藤:そうです。なんで気がつかなかったんだろうと思いました。自分の店舗では、本当に限りなく色々なものをくっつけてやっているのに、いざ、教えようと思ったら、やっていることが頭に浮かんでこないのです。気付いた時の感覚は不思議でした。

ー 本業ではできていたのに、コンサル業をする時は抜けていたということですか?
佐藤:そうです(笑) 変なものですね。

冷たいクールなイメージから、的確なことを言ってくれる方へ
立場が変われば分かるようになる

冷たいクールなイメージから
的確なことを言ってくれる方へ
立場が変われば分かるようになる

ー 北岡を知って、どこに響きましたか?
佐藤:言葉が少ないと思うし、文章にしても少ないと思うけれど、的確に刺さってきました。最初に、北岡さんのオンラインコンサル講座を受けて、何か質問があったらして下さいと書いてあったので、一生懸命3つ質問をしました。そしたら、帰ってきた言葉が1行で、「これは質問じゃなくて、コンテンツについてどうしたら良いかってことですよね?」と書いてあって、それには答えようがないということだと思いました。

ー すんなり受け入れたということですか?
佐藤:最初は、冷たい人だと思いました。オンラインで顔も合わせてないけれど、お金を振り込んだらそれきりなんだって思ったところもありました。その後も、他のセミナーや講座にちょいちょい顔を出していたら、北岡さんが「質問をする方にも質問の仕方がある。」とおっしゃっていました。要するに答えられない質問があるということでした。逆に答える側のコンサルタントになったら、「質問の要領がつかめなかったら答えようがないですよね?」と言われていました。だから、「答えることを勉強する前に、質問をすることも勉強だ。」と言われていました。「答えやすいように質問をして下さい。」と言われていました。そういうことが、刺さってくるのです。自分がコンサルタントをやっていると、長文で質問がきても何を聞きたいのか全くつかめなくて困りました。

ー 過去自分がやったことは、これだという感じですか?
佐藤:そうなんです。それから見方が変わって、冷たいクールな人から、すごく的確なことを言ってくれる人というイメージに変わりました。

ー ビジネスの成果、結果はどう変わりましたか?
佐藤:コンサルタントとして話すと、1000万円で頭打ちがきた後、バックエンドをどんどんくっつけていけ、次は単価を上げていけということでした。そのお蔭で、2年間で増えました。

困った時のTTP(徹底的にパクる)

困った時のTTP(徹底的にパクる)

ー 働き方はどう変わりましたか?メルマガ1本5時間かかっていましたよね?
佐藤:メルマガは今も苦しむ時はありますが、今は慣れて30分くらいで書けます。例えば、1年間メルマガを書き続けると、10年間やって、毎日10年間新しいことって語れないですよね。読者も定期的に変わるし、仮に同じ読者がいたとしても1年前のことは忘れます。基礎的なことは変わらないので、1年経って書くことがないときには1年前のメルマガを見て書けばいい。一年経つと、僕も変わっているし、同じことを言うにも言い回しが変わっていたりすると、ぐるぐる回せばいいという話をきいたりしました。

あとTTP(徹底的にパクる)です。あれは、抵抗がありましたがよくよく考えたら、美容室向けのコンサルタントのサイトを見ていませんでした。北岡さんのメルマガは美容室向けではないですが、自分が読んでいて、なるほどと思うことがあります。美容室に例えるならどうしたら良いだろうと考えた時に、北岡さんのメルマガを参考に書けば、美容室向けのコンテンツに変えられたり、例えば、コンサル大学で皆さんメルマガを投稿されていますが、美容室向けに良い話に変えられたり考えると、ゼロから考えなくても、割と使えました。メルマガを書くのは楽になりました。

ー 今は、一日どれくらい働いていますか?
佐藤:平均すると4〜5時間です。コンサルになりたての頃は、メルマガを書くのも5時間かかっていたくらいですから、もう丸一日。とにかく操作の仕方もわからないのです。文章を打つもの時間がかかる、写真を入れること、アップすること、リンクを張ること、当時はどうするのかわかりませんでした。今は慣れましたから、メルマガを書いて、時間が空いている時に組み立てをして、10日からこれを売ろう、20日からこれ売ろう、30日からはこれを売ろうとかやっているだけなので、日々そんなに時間はかかっていません。

ー 新しいことに取り組んだ時、試練はありましたか?
佐藤:ありました。一番はランディングページ(LP)を書くことです。文章量がメルマガの量と違うので、最初の一つ二つは、ゼロから書き上げていました。毎日逃げていました。パソコンの前に座るのですが、ケータイだ、タバコだ、テレビだ、電話だ、そこから離れる口実を自分の中で一生懸命考えていました。気がつけば何もやっていないけど、頭の中が沸騰しているから、ちょっと寝ようかとか、ものすごく時間がかかっていました。苦しんで書いていたもので、次のコンテンツを売る時に、またLPのことが頭に浮かぶ訳です。ところがこれも、TTPを考えたら良いと思いました。色々な有名なコンサルタントの会社のLPを見て、ずっと見て、「ここはこうだ。」とか、美容室向けに書き換えていけば、変な勉強をしなくても、流れもできていますし、自然に良い形になっていきました。

ー ぶつかった時にどうクリアするのかというとTPP?
佐藤:そうです。絶対それです。その他は、セミナーや講習を受けていると、異業種の方の話が出てきます。レクチャーの時も美容師向けには話をして貰えませんが、「そういう考えがあるのか」「それも売れる」とポコポコ頭でひらめくようになって、それからは随分楽になりました。むしろ、異業種の方が、刺激を受けることが多いです。僕も美容師の気持ちを分かっているはずなのですが、それは当たり前だと思い込んでいるので、それを書くというイメージがありませんでした。ブラック起業なんて当たり前でしょ?週休二日なんてありえないでしょ?と思っていました。でも、そういう話も出ますよね?仕事の時間を短くして、お休みをとって、旅行にいきましょうと北岡さんも仰います。「美容師は旅行になんて行けない。」と思うけれど、他の業種だって同じで美容師だけじゃないと気付くのです。自分のことより、人の悩みの方がよく分かるものです。

成功して手放したもの、得たもの
成功者の正しいキャバクラの使い方

成功して手放したもの、得たもの
成功者の正しいキャバクラの使い方

ー 新しいことに取り組む時に敵や仲間はいましたか?
佐藤:敵はいませんでしたが、仲間もいなかったです。今は、外注化と言われています。自分でやらないように、今は結構な頻度で外に流しています。それを仲間といえるかどうか分かりませんが、外注することで、自分の労力を減らすことができます。そうすると、何もすることがなくて、さぼっている感覚になるので、また頑張らなきゃという気持ちも湧いてきます。そういえば、同じ美容師関係の方と知り合って、何回かジョイントしたこともあります。でも、それはうまくいきませんでした。

僕の持っているコンテンツでないものを他の方が持っていて、ジョイントしてみました。僕のクライアントに、こういう方がいますが、紹介しますよってメルマガでお伝えして何人か聞いてみたいというので、やってもらいましたが、うまくいかなかったみたいで、そうすると僕から離れていってしまうのです。それはそれで、ショックでした。だから、今はジョイントはやっていないです。

ー 奥様から止められるとかもありませんでしたか?
佐藤:独立して、美容室をオープンしてすぐに結婚しました。美容師は休みがなくて大変だということも知っていましたし、特にいわれませんでした。

ー 成功したときに手放した習慣はありますか?
佐藤:車が趣味でいじくっていました。楽しかったのですが、時間がもったいないと思うようになったので、お金を出してメンテナンスしてもらうようになりました。本職で、きっちりやってくれます。そして、また時間がとれるようになりました。あとは、友達だと思っていた人間が随分減りました。やっぱり、この仕事の反動かもしれませんが、くだらない話をするのがつまらないのです。人として付き合うのは嫌ではないのですが、経営者同士だと、本当は友達じゃなかったのですね。愚痴を言って傷をなめ合うというか、それが、ばかばかしくなりました。喧嘩して別れた訳ではないですが、段々そういう相手と話すのももったいないしバカみたいと思うようになりました。自分から誘いを断るようになりました。

ー その経営者はうまくいっていなかったのですか?
佐藤:みんな、うまくいっていなかったです。だから、話題が合わない。類は類を呼ぶといいますが、50万円の収入の人は50万円の収入の人と群れるし、100万の人は100万の人と付き合う。うまくいっていない経営者同士、どうしても群がるのです。そうすると、世間が、経験が、スタッフが、立地がと、色々なことをいう訳です。確かにそれもあるとは思いますが、何も解決になりませんよ。だから話が面白くないと思うようになりました。

ー むしろ、成功して新しいことをやり始めたことは?
佐藤:くだらないことですが、ボケーとするようになりました。子どもが小さい頃は年二回、夏は海、冬はスキーで一週間くらい休みを取って遊んでいました。中学生くらいになると、部活などで段々休みが取れなくなります。思春期で家族と旅行も嫌がるようになります。その頃からは、明日何もしたくないと思ったら、今日、明日の分まで頑張って、明日は何にも考えないようになりました。今日は、ボケーっとすると決めたから、考えない。ぼわーんとリラックスできるようになりました。

そういう時間が取れるようになったのは、何十年も生きていて、ここ3年くらいでしょうか。知り合う人たちが、昔と違ってレベルの高い方が多くなりました。高級な飲み屋さんに行くにしても、俺は行ってきたという憂いだけでした。高級な飲み屋さんに行ったら高級な飲み屋さんで得られるものがあります。例えば、銀座のクラブも行ったことがない。相場もわからなくて、いくら取られるかもわからないから、こわいのです。自分の収入が上がってくると、そういう人たちとも付き合えるようになって、「行ったことがないんですよね。」って話をすると、紹介してあげようか?と言われました。それまでは、銀座のクラブに行ったことがあるような人は周りにいませんでしたが、一見さんは入れてくれないということだったので、その方の紹介で行くと、ちゃんと入れてくれてもてなしてくれました。そこのママさんの先輩にあたる方だったので、ママさんがもてなしてくれて、銀座のクラブの使い方を教えてくれました。困ったこととか相談したいこと、こうなりたい、こうしたいということがあったら、何でも私に聞いてというのです。

そうすると、そういう人たちがお客様に来ているので、直接、僕とコンタクトをとらせるのではなくて、頼んであげるというのです。例えば極端で、一般的に考えて無理なのですが、12月にはいってクリスマスにハワイに行きたいと言い出したとします。そうすると、ちょっと待ってと言いながら、有名な旅行会社の部長さんと知り合いなので、連絡してくれて行けるようになりました。隙間があるのでしょう。それによってママさんは、僕や相手からお金を取るわけではありません。僕が旅行に行けるようになったら、「ありがとう」と思います。そうすると僕はまたそのお店に行くわけです。向こうは売上げが立つ。旅行会社もこの間、良いお客さんを紹介してくれてありがとうとなる。僕の知り合いに、その会社のこういう人の名刺を頂いたから、もし何かあったら、直接頼んでみたらというと向こうは営業なしでお客さんが繋がります。

こういう車が欲しい、こういうマンションが欲しいとか、高額なものは、表に出回らない物件もあるらしく、一件でたよとか、そういうところでつながれば、自分にとってプラスになることも出てきます。逆に、僕もできることなら、プラスのことを返してあげられるし、そこを中継するのが銀座のクラブだから、ママさんのところは絶えずお客さんが動いてくるから利益も上げられます。クラブに限りませんが、いいホテルへ行けとか、昔は見栄張って行ったこともありました。すごい部屋だとしか思いませんでしたが、入って行くところから違いますよね。フロントの対応も違うし、部屋を外出するとフルーツが用意されています。それを感じると、美容室のメニューでいえば料金を見た時に、ちょっとした、もてなすということを感じられました。コンサルタントとして言う時は、美容室に料金は貼っていない、10000円もらったからと言って技術が倍になるわけではないので、あとは「もてなし」です。どうやってもてなしたらいいのかというと、高級なホテルやレストランへ行くと、そこの店員さんの対応を見て、自分が嬉しいとき、ちがうな〜って感動するとき、それをそのまま「もてなし」でしてあげれば良いのですとか、すっとフィードバックできるようになりました。

従業員に辞めたら損と言わせた、給料の仕組み

従業員に辞めたら損と言わせた
給料の仕組み

ー 年商と利益はどう変わりましたか?
佐藤:年商で1000万円くらいの時は代行業務があったので、400万円くらい経費がかかりましたので手取りは600くらいでした。ただ、1000万円を超えると経費は変わらないので、売り上げが上がった分だけ利益がのります。今も経費は広告費を含めて400万円くらいなので、利益率がそこらあたりから、ガーっと上がっていきます。今、利益率が2倍くらいになっています。

ー 逆に、時間がある、お金があるとなると、どういうことをしたいのですか?
佐藤:美容室の方の収入も、コンサルタントの収入も1000万円以上の収入が入ってくるので、ものすごくお金が入ってきていると思われがちですが、そこも考えました。美容室はなぜ安定的に売り上げを増やしていけないのか?上がったけど下がる、上がったけど下がるのです。下がる時の最大の原因は優秀なスタッフが辞めた時なのです。言葉が悪いですが、箸にも棒にもかからない子は辞めても替えがききます。ただ、店長クラスの優秀な人が抜けた時の穴は、誰にも埋められません。今の時代は求人です。僕は自分が従業員の時に考えていた事でもありますが、美容業界がブラックすぎると思っていました。だから、週休二日は今、当たり前でしょう。社会保険も当たり前です。一か月の労働時間、残業時間もひどすぎて、うちに入れば幸せになりますなんて言えませんでした。まず、ここを整えないと、求人にかける土俵にも上らない。それを改善するためにはどうするかというとスタッフへの対応を良くしていかなければならない。

一番は給料です。給料をもっと取らせようと思いました。たまたま、コンサルタントの収入が入ってくるから、美容室の収入を懐に入れないで削れば良い、そうすると、給料とか色々な形で改善すればいいと考えました。週休二日もできるようになりましたし、社会保険ももちろん入れましたし、一か月の残業時間を40時間に制限して、それ以上仕事をしちゃダメということにしました。地元の中でも待遇面がすごく良くなって辞めないのです。求人にも困らないです。だから、美容室が安定します。求人も全然増やしてないわけではないですが、総取りするのではなく、美容室の僕の収入を少し減らして、残してあげようとやっていた方が、僕も安定的に両方から収入が入ることが分かったので、コンサルタントで得た利益がそのまま僕の収益になっているかというと、そうではないです。今、2店舗ありますが1店舗の管理者が高卒です。32歳。年収で940万円です。

ー どこ探してもあまりいないですよね。特に美容業界でそんなにもらえるなんて。
佐藤:それが、もらえるのですね。もう一店舗の方も頑張っている子がいて、美容師は高卒が多いのですが、33〜34歳でやっと本人の年収が600万円を超えました。みんな結婚もして、マンションを買ったり、中古住宅を買ったりして、子どももいたりします。たまにくだらない話もしますが「辞めたら損ですよね。」って言われたりします(笑)

ー そのお二人の差は何ですか?
佐藤:店の売上の差です。今までは自分のお客さんをやることしか考えていませんでした。店全体のことを考えているようで考えていない。やっぱリ一人で売上を出すのは限界があります。100万円が限界だとしたら、店からは毎年最低でも5〜10%伸ばして欲しいと言われることは、分かっているのですが、数字だけ伸ばしていけということは無理なのです。では、どうするかというと自分のアシスタントや部下のスタッフにやってもらうということを、両店長は真剣に考えるようになりました。自分たち個人の売上は変わっていませんが、店の売り上げが順調に上がってきて頭打ちが来ると、次は料金を上げようととか、ここで単価を上げようとかやると、客数を変えずに売上が上がるので、仕事量は同じで売上が上がってみんなに還元が行く、僕もちょっとだけもらえるみたいな。

ー 独立支援はしていますか?
佐藤:お店のお金の流れなど全部教えます。今うちがもっているお店の規模で借りると家賃はこのくらい、内装費は千万単位でかかってこれくらい、借金で返済していくとこれくらい、従業員の給料を、とやっていくと残りはこれくらいだよね。そうすると、ほとんどの経営者はごそっととっていますが、今のうちの現状だと経営者の僕がごそっととっていなくて還元率が高いわけです。経営者になったら、週休二日にして、これだけの給料をだせる?出すためには自分の収入を減らさなくてはいけない訳です。これは使えるしくみだと思っています。

ー みんながハッピーですよね?
佐藤:今のところそうですね。

知られざる、北岡さんの熱いエピソード

知られざる、北岡さんの熱いエピソード

ー 北岡のコンテンツで最も役に立ったものは?
佐藤:必ずそこで終わらせないということです。言葉か北岡さんの言っている言葉と違うかもしれませんが、僕はそう解釈しました。フロントを作って商品を売って、バックエンド、バックエンドとつなげていく。この人にはバックエンド1、この人にはバックエンド2、この人にはバックエンド3、バックエンド4がある、その先に100分割というのが図でありました。延々と続いていく。そしてどこかで、極端に言えば、誰も物を買わない状態が来る。そしたら、3つ前に戻って、もう一度お久しぶりですという形で、新メニューを案内するとまた買ってくれて、バックエンドへつなげていくみたいな、永遠のエンドレスでぐるぐる回るパターンというのが、今も使わせてもらっていて勉強になったコンテンツです。セミナーの物の魅せ方もあります。必ず3つで比較しろとか、図をかけ、絵や画像をみせろとか、今も本当に役に立っています。

ー 北岡の第一印象は?
佐藤:冷たくて、クールです。怖いとか。文章が短いところからの印象もありました。

ー 他のコンサルタントと北岡の違いは?
佐藤:単純明快に答えを出してくれます。負けているとかではないですが、ぐうの音も出ないというか、仰る通りです。余分な言葉がないだけに、真に受け止められます。そうだよねって自分ですぐに納得できます。後は、頭の回転が速い。一つのコンテンツを分解して説明してくれます。例えば2時間で教えてくれたことは上級者向けで教えてくれていて、それ以外のセミナーの時に一つひとつを分解して話してくれます。あの時よく理解できなかったけれど、このことを言っているのかという風に理解できます。美容室向けのコンサルタントに言っているわけではないですが、すごく分かり易いです。必ず復習もさせてくれるところがすごいと思います。他のコンサルタントさんは大枠で話してくれたり、複雑怪奇に難しいレベルの高い話をしてくれて一向に理解できなかったりします。

北岡さんのイメージが、とにかくガラリと変わった時があります。もちろん二人きりで飲むこともないし食事もしたこともないし、普段のセミナーで個人的にお話ししたこともありませんが、ある時コンサル大学のメンバーで話をしている時にふと、検索をしていたら、僕のFacebook広告が出たらしいのです。僕はそこにはいなくて、北岡さんが「これ、あの佐藤さんの?」という話になったみたいです。「これ、ちょっとおかしいな。メールしとくよ。」ということになって、その場でバーっと打ってメールしてくれたのです。僕としては、あの北岡さんが?!という感覚なのです。冷たくてクールで、別に個別コンサル受けている訳でも何でもないのに、ちゃんと覚えててくれて見てくれていて、的確なアドバイスをメールでポンとくれて、めちゃくちゃ嬉しいというか、感動したというか、見かけじゃないなと思いました。見てくれている部分は見てくれているんだというのがすごく嬉しくて、めちゃ感動でした。

ー 佐藤さんにとって、北岡はどんな存在ですか?
佐藤:目標にできる人というほど近くにいないというのは分かっています。結構上の方の人というのは分かっているのですが、目指したい人です。北岡さんも昔はこうだったという話もしてくれますし、今の北岡さんを見たら、とてもとても敵わないと思いますが、数年前の北岡さんを目指せばいいと思っています。今は組織を大きくされているので、そこだけを見るととても無理ですが、こういうステップを踏めばこういう風になれるのかという道ができているのが素敵だと思います。

ー 北岡を勧めるなら、どんな方ですか?
佐藤:真剣にコンサルタントでご飯を食べていきたいと思っている方です。生半可な気持ちでは挫折してしまうと思います。会社員の方も経営者の方も、人って自分のプライドがあると思います。ボケカスコノヤローって上司に言われたことはあると思いますが、真顔でニコッと笑って「こうですよね。」スパンと言ってくる人って周りにいなかったと思います。それを、そうだ自分がいけなかったと受け止められる人は良いと思います。なかなか、男の人はそうじゃない人が多いと思います。教えてもらいに来ているにも関わらず、なんでお前にそんなことを言われなきゃならないんだとか、それを素直に受けとめて、そうだねと受け止めて、じゃあ、どこから何をしていけば良いのという、うぬぼれて、いきなりこっちをできるんだとか思わずに、ちゃんと一つひとつ階段を上っていけるような考えを持てる人なら、ばっちりだと思います。つまり、真剣にやりたい人、自分の足りていないところを素直に認められる人です。

ボーっとする大切さ
アイデアが湧きでる瞬間とは

ボーっとする大切さ
アイデアが湧きでる瞬間とは

ー 佐藤さんは、今後どうなっていきたいですか?
佐藤:僕は仕事面では外注化を始めているので、もっともっと進めていってなるべく働く時間をどんどん縮める理想通りになって、自分の時間を持てるようにしていきたいのがぼく個人の理想形です。収入面でいえば、コンサルタントの売上として3000万円くらいで良いかなと思っていました。目標を作れとは言われますが、もう少し上を目指したら、北岡さんにも鈴木さんにも何回かいわれていまして、勢いがある時はやり切った方が良いと言われたので、今は、5000万円は超えたいと思っていますし、そのためには組み込み方とかさんざん慣れました。5000万円だと、また、重要な部分とか抱えてしまうので、だから、1億まで持って行って後は分けて、結果的に自分の収入は半分になるかもしれないけれど、安定的な組織を作るというのは、やっと見えかけてきました。計画が見えてきたので、やっていきたいと思います。やっぱり、人って変わるものですね。昔は1000万円稼ぐことも、「えー?」って思っていましたが、これをこう膨らませていけばこうなっていくというのが分かるようになってきました。

もう一つ、僕言い忘れたことがありました。時間に余裕ができてきた時に、例えば、ぼーっとテレビを見ていたりとか、喫茶店でお茶を飲んだり、ご飯を誰かと食べたり、お酒を飲んだりする時に、ふっとひらめくことがあるのです。一番分かり易いのはニュースを見ている時で、ニューストピックスとか流れてきた時に、これ使えるネタになると思いつきます。そうすると、その場でケータイにパパっと簡単にタイトルとかまとめて、パソコンに送ります。そうするとメルマガの参考になったり、コンテンツを作るのに役立ったり、時間の余裕って、プラスのことをどんどん生んでいってくれるなと思いました。何か追いかけていると、金、金追いかけていると、悪いことを思いつくのです。まともに働いたら、1万円しかもらえないって大人なら分かるけど、10万円ほしいなら、あいつをだましてとか、口説いて説得して買ってもらおうとか、よからぬ方向へ考えがちですが、そういう気持ちを何も持たないでぼーっとしていると、あれ売れるとか、これ良いなとか思いつきます。

この前も良いことを思いついて、うちの隣には柿畑があって、一年間それを見ていると、葉っぱが枯れて木だけで、雑草も生えてないけれど、温かくなってくると草が生えてきます。おじいちゃん3人くらいで草を刈ります。そのうち葉っぱが出てきて実がなって、実がなったと思うと収穫するのです。そうすると葉っぱが落ちて冬が来て、それを何年か見ていると、この人たちって、やることのタイミングを見計らって、ちゃんとやっているよなと思うようになりました。タイミングがずれたら、アウトです。同じことをずっとやっている。自分の仕事もそうですが、飽きずにやらなければいけないことは、きちんとやる。しかもタイミングとかあります。それを怠けて、ずらして早くやっても良くない。このおじいちゃん達、頑張ってるなというのがコンテンツになって面白いものです。

ー では、来年には5000万くらい、再来年には億越えという佐藤さんですね!
佐藤:そうですね、近い将来、元気なうちに、一億を超えて、僕のもとで働いてくれている方たちも豊かになってもらって、お互いウィンウィンになりたいです。近いところに来るように頑張ります。


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